きょうは、スウェーデン語ができないことがとても残念に思ういちにちだった。
構造改革プラン実行Part 2。30名の社員に “残念だけど来年以降この組織にあなたの仕事はない” と伝達。直接言い渡すのはもちろん私自身ではなく、職場の上司なんだけど。
労働者保護の強いこの国では、仕事がない=解雇 というわけにはいかない。雇用者にはアレコレと義務が課されている上に、労働組合の承認がなければ雇用条件のいかなる変更も基本的には許されない。今日悪い知らせを受けた社員は、向こう数週間~数カ月のあいだ、“社内職探し@人事預かり” プロセスを経ることになる。
が、結局のところ、『解雇じゃないけど、解雇みたいなモン』 と受け取る人々が大半。会社が危機的状況にあることは誰もが知るところで、“社内職探し” の有効性も、みんな疑っている。
泣きだす人、状況をのみ込み切れずにいる人、“やっぱりね”と静かに受け止める人・・・。
こういうとき人事は、会社側に立ちつつも、一人ひとりの話の聞き役として立ち回るわけなんだけど、今回はそうもいかない。ひとつは言語のせい。こればかりは、どうしようもありませんな。
聞くところによると、『スウェーデン人は仕事とアイデンティティを強く結びつける傾向があるから、仕事を失うということは個人にとって想像以上に大きな出来事なんだ』 とか。
ここの人々のワークライフバランスのとり方からして、このコメントには首をかしげる部分もなくもない。が、私が立ち入ってどうのこうのと判断するべき領域はない。
影響を受けるすべての人々に心からの敬意をもって、できる限りの支援をしようと思う。
2009/12/09
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